タッキー芸能活動引退!ジャニーズ社長はタッキーを後継者に指名?

ジャニーズとは、見た目も年齢もほど遠いロメシです。

そんなロメシも今回のニュースにはビックリしました!

ジャニーズ事務所の人気グループ「タッキー&翼が解散!今井翼はジャニーズ事務所を退所」というニュースでもビックリですが、さらに「タッキーが芸能活動引退!プロデュース業に専念」という報道に度肝を抜かれました。

今回は、なぜ解散したのか?その理由は?今後について・・・などをまとめてみたいと思います。

タッキー&翼の経歴と解散理由!タッキーはプロデュース業に専念?

 

タッキー&翼の経歴

タッキー&翼は、2002年9月に「Hatachi」でCDデビューした。翌03年にはシングル「夢物語」をヒットさせ、一躍人気デュオへの階段を駆け上った。昨年9月、「それぞれのスキルアップを目指した個人活動に専念する」として、活動休止を発表。同月のテレビ朝日系「MUSIC STATION ウルトラFES」以降、デュオ活動を休止していた。

滝沢 秀明(たきざわ ひであき 1982年3月29日~) 東京都八王子市出身。愛称は「タッキー」

今井 翼( いまい つばさ 1981年10月17日~) 神奈川県藤沢市出身。

出典:https://www.johnnys-net.jp 

解散理由は?

2人は連名でコメントを発表。昨年9月のデュオ活動休止から1年が経過し、「支えてくださった皆様のご期待に応える活動を今後も継続していくことができるのか、自分たちはこれからの人生をどう歩んでいくべきなのか自問自答し、事務所とも話し合いを重ね、最終的には2人で話し合い、このたび、CDデビューから16年を迎えた9月10日をもってタッキー&翼は解散という道を選ぶことに致しました」と報告した。

「これまで愛してくださったファンの皆様、常に叱咤(しった)激励を続けてくださった多くの関係者の皆様のお気持ちにお応えすることが出来ないままで、大変申し訳ない気持ちで一杯です」と謝罪した上で、「ともに30代半ばを過ぎ、1人の男としてこれからの人生をそれぞれに見つめての決断とご理解頂けたら幸いです」とつづった。

滝沢は、引退後について「ずっと自分を育ててくれたジャニー社長のタレントを育成、プロデュースしていくという意思を継ぎ、ジャニーズJr.の育成や舞台、コンサート等のエンターテインメントをプロデュースする仕事に専念することを決意致しました」と明かした。「これは私自身がいつの日からか意識しずっと頭の中に描いていたことであります」ともつづった。

今井は「まずは自分の身体としっかり向き合うため、ジャニーズ事務所を退所し、仕事という背負いも無くした状態で病気を克服し、心身共に健康な状態になることに専念したいと思います」と伝えた。近く退所した後については「全くの白紙ですが、自分の心身が健康な状態になってから考えたいと思いますので、その時が参りましたら改めて皆様にご報告できるように頑張っていきたいと思います」とつづった。

2人の決断を受けて、ジャニー氏もコメントを発表。「彼らが考え抜き、大人として決断したことを尊重したいと思います」とし、引退する滝沢については「本人にはプレイングマネージャーの選択肢があることも伝えましたが、裏方に専念したいという強い希望を受けて、このようなご報告となりました。申し訳ありません」と明かした。

14年にメニエール病を発病し、一度は復帰したが今年3月に再発した今井については「この数年間、本人がつらい思いをしていたのを間近で見ておりました。責任感の強い彼にとって、仕事をしながら病気を治すことは難しく、何も背負うものがない状態で自分と向き合いたいと聞き、本人の希望を受け入れました」と経緯を説明。「心身共に健康となった彼がまた活躍してくれる日が1日も早く来ることを心から願っています」とつづった。

 

プロデュース業に専念?

タレントとしても大成功していた「タッキー」ですが、プロデュース面でもカリスマ性を発揮していたそうです。

滝沢は、今月15日に自身がパーソナリティーを務めるニッポン放送のラジオ番組「タッキーの滝沢電波城」で、「タレント活動をしながら人の人生を触っていくことはできない。人の人生を背負うとなると、自分も覚悟を決めないとやっちゃいけない」と自身の胸中を告白。

 さらに、「正直、タレントを続けながらできるんじゃないかという意見もたぶんあると思う」としながらも、「中途半端な気持ちでは絶対やりたくない。本気でやっていきたいという覚悟です」とし、「これからはファンの方への恩返しのつもりで、“ああ滝沢秀明を応援してよかったな”と思ってもらえるような男になるしかないと思っています」と決意をにじませた。

 滝沢の不退転の決意に対し、ジャニー喜多川氏は「驚きと共に嬉しくて涙がこぼれそうでした」と同社の公式ホームページに異例のメッセージを掲載。

 当方の取材では、今回の声明文はFAXでマスコミ各社へ送信されたという。

 今回の滝沢の引退について、別の大手芸能事務所の幹部はこう語る。

「人材発掘や制作面を指揮してきたプロデューサーとして、自身の最高傑作である滝沢さんへのプロデューサー業を継承したことはジャニーさんの意地を感じたね」

 一方、滝沢の芸能化引退については「覚悟はもちろん、今後先輩にあたる所属タレントのプロデュースにも乗り出す手前、立場上ケジメをつけたのではないか」(別の芸能事務所マネジャー)という意見もある。

 滝沢といえば、ジャニーズJr.時代からその才能とカリスマ性が高く評価されていた。

出典:「AERAdot. 」より

タッキーは次期社長?気になる結婚は?退所したすばると同棲?

 

ジャニーズ社長が後継者に指名?

SMAP解散騒動以来、何かと話題のジャニーズ事務所ですが、そこには派閥抗争があるようですね。

ジャニーズ事務所は、今年7月、20年ぶりに本社ビルを移転。港区に購入した自社ビルで、関連会社も全て集約。社員食堂もできた同時期に会社のホームページやロゴも刷新。ジュリー独裁体制への移行準備を着々と進めている。

だが、このビルにジャニー社長は入っていない。渋谷区に購入した別のビルに事務所を構え、ジュリー氏とは会おうともしないという。

「もともと、ジャニーさんはジュリーさんのことを全く評価していない。ジュニアへの愛情が深く、タレントを育てることと良質のエンタテインメントを作ることだけを考えているジャニーさんに対して、ジュリーさんはクリエイティビティもないし、金儲け主義で、タレントを育てようという意識がまったくない。だから、ジャニーさんは、むしろSMAPのマネージャーだった飯島(三智)さんのことを評価して、ある時期から自分のかわいがっているグループを飯島さんに預けるようになった。それが、ジュリーさんと母親のメリーさんの怒りを買い、飯島さんは追い出されることになったわけです。そういう意味で、SMAP騒動の本質は、ジャニーVSジュリーだったんです」(ジャニーズ事務所関係者)

このとき、ジャニー社長は結局、メリー喜多川氏にさからえず、飯島氏を見捨ててしまったが、ジャニーVSジュリーの対立構図はその後も続いていた。

それどころか、SMAP騒動後、ジュリー副社長がメリー氏にかわって実権を握り、ジャニー氏とは真逆の路線をどんどんエスカレートさせていったため、ジャニー氏の不満は極限まで達していたという。

「とくに、ジャニーさんが不満をもっていたのは、ジャニーズジュニアの扱いです。とにかく、ジュリーさんにはジュニアを売り出そうという姿勢がまったくない。それどころか、昨年には、ジュニアから新しくCDデビューさせない方針を打ち出したらしい。その後ジャニーさんが巻き返して、今年5月に「King & Prince」(キンプリ)をCDデビューさせたが、彼らが最後になるんじゃないかといわれています。グループを結成して何年も経つのに飼い殺しになっている高齢ジュニアがゴロゴロいる状態になっています。ジャニーさんはそのことにすごく心を痛めていた」(前出・ジャニーズ事務所関係者)

こうしたジャニー氏の不満の受け皿になったのが、滝沢秀明だった。滝沢はもともと、ジャニー氏の秘蔵っ子で、滝沢自身もジャニー氏に心酔。これまでもジャニー氏の右腕としてジュニアの面倒を見るなどし「小さなジャニーさん」といわれるほどだった。滝沢はジャニー氏の不満を知って、それならば、と少し前から、自らジュニアの営業をテレビ局や演劇関係者などにかけるようになっていたのだという。

引用:http://lite-ra.com/2018/09/post-4252.html

 

引退理由は結婚も影響?

そんなタッキーも今年で36歳。そろそろ結婚してもおかしくない年齢ですよね。

また、最近のジャニーズ事務所でも、森田剛さんや岡田准一さんなど、結婚の報告が相次いでいます。

表舞台からさるというタッキーも「結婚なのでは?」という声が聞かれますが、いまのところそのような情報はないようです。

 

元関ジャニ渋谷すばると同棲?

別にタッキーが、そういう趣味があるのではないですよ!

ただ今年4月にジャニーズ事務所を退所した、元関ジャニ∞の渋谷すばるの影響は少なからずあったようです。

渋谷は昔、滝沢の家に入り浸りになって、半同棲状態だったと明かしています。それほど仲が良かったみたいですね。

滝沢と渋谷はジャニーズJr.の黄金時代の90年代後半に、東と西を代表する存在で、『東の滝沢 西のすばる』と並び称されていました。2人はプライベートでも仲が良く、当時は、いずれ2人でユニットを組むのではないかと噂されていたのです」

滝沢は雑誌に連載していたエッセイで、2人で群馬県に遊びに行ったことも明かしている。

《「せっかく群馬まで来たんだから温泉入るか」ってことになり、2、3コお風呂がある健康ランドっぽい所で入った。(中略)なのに、(東京に)戻ってからも、すばるはなぜかうちについてきてさ。しかも温泉に入ったクセして「風呂入りたい」とか言いだすし!? 風呂から出たら、さらに僕のベッドで少し寝て、で帰っていったんだよねー。》(『ザテレビジョン』’01年4月27日号)

当時19歳だった2人だが、その友情はずっと変わらなかった。

「’15年末の『ジャニーズカウントダウンコンサート2015-2016』で、2人の共演が実現し、話題になりました。事前にファンに『見てみたい2ショット』をアンケートで聞いており、1位になったのがタッキーとすばるの2人だったのです。彼らは『東の滝沢』『西のすばる』と書かれたTシャツを着て、時代によく歌っていた『明日に向かって』を熱唱しました。2人がときおり顔を見合わせながら、とても嬉しそうに歌っている姿に、ファンたちも大歓声をあげていましたね」(前出・駒井さん)

「Jr.の代表的存在であり、仕事に関してはストイックということでも共通している彼らは、かつて『ずっと2人でジャニーズ事務所で頑張っていこう』と、励ましあっていました。滝沢は、渋谷が人生の大きな決断を下した姿を見て、自分の今後についてもより深く考えるようになっていたのでしょう。そんな滝沢に、ジャニーさんが『ジャニーズJr.の育成を手伝ってみないか』と、声をかけたのは8月中旬だそうです」

滝沢は渋谷との“約束”を守るために、来年以降は約300人というジャニーズJr.たちのプロデュースに専念する。また報道によれば今後は育成を目的とした関連会社が設立され、その中枢で腕をふるう予定だという。

出典:女性自身

 

まとめ

 

  • タッキー&翼の解散理由は「不仲」ではなく、「方向性の違い」と「今井の病気」によるものである。
  • タッキーはそのカリスマ性をジャニーズ社長に買われ、後継者として指名されたようである。
  • お付き合いされていた女性はいたが、まだ結婚をされるといった情報はない。
  • 元関ジャニ∞の渋谷すばるの退所の影響は少なからずあったと思われる。

 

最近のジャニーズは、内部抗争やSMAP解散騒動、元TOKIOの山口達也の騒動など、あまり良い話題が多くなかったが、タッキーが入り新体制となることで、ジャニーズ黄金期のような「夢を与えてくれるアイドル」をまた輩出して欲しいと心から願っています。

 

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